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飽咋之宇斯能神とは?読み方・冠から生まれた神の意味と日本書紀との違い

神話に見る世界観
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飽咋之宇斯能神(あきぐいのうしのかみ)は、イザナギが黄泉国から戻り、身を清めようとした場面に登場する神です。

『古事記』では冠から現れますが、名前が何を意味するのかについては解釈が分かれています。

ここでは神話の記述を確かめながら、『日本書紀』との違いや現在の信仰を紹介します。

飽咋之宇斯能神とはどんな神?

読み方と『古事記』での登場箇所

飽咋之宇斯能神は「あきぐいのうしのかみ」と読みます。

歴史的仮名遣いでは「あきぐひのうしのかみ」です。

『古事記』上巻の禊(みそぎ)の場面に名が記されています。

禊とは、身をすすいで穢れを清めることです。

イザナギが脱ぎ捨てた冠から現れる

神話では、黄泉国から戻ったイザナギが、身に着けていたものを次々と投げ捨てます。

杖から衝立船戸神、衣から和豆良比能宇斯能神、褌(はかま)から道俣神などが現れ、冠から現れた神が飽咋之宇斯能神です。

『古事記』は、身に着けたものを脱ぐことで現れた神々を十二柱と数えています。

この場面は、イザナギが水で体をすすぐ場面より前です。

飽咋之宇斯能神については、名前と現れた品物が示されますが、姿や独自の物語は語られません。

「飽咋之宇斯能」という名前は何を意味する?

「宇斯能」は牛を指す言葉ではない

『古事記』の本文には、神名のうち「宇斯能」の三字を音で読むという注があります。

「宇斯」は「大人(うし)」に通じる、人格を表す呼び名と説明されています。

名前に「うし」とあっても、牛の姿をした神という意味ではありません。

穢れを食べる神という解釈と別の説

「飽咋」を、口を開けて罪や穢れを食べることと結びつける解釈があります。

國學院大學の神名データベースは、大祓の祝詞に登場する神との比較も紹介しています。

ただし、『古事記』に飽咋之宇斯能神が穢れを食べる場面が描かれているわけではありません。

一方、神名を「飽くほど食べた大人」と捉え、供物に関わる道の神と見る説や、旅人を飢えから守る神と見る説もあります。

どれか一つを神名の確定した意味とすることはできません。

『日本書紀』では何が違う?

対応する開齧神は褌から現れる

『日本書紀』神代上・第五段の第六の一書には、開齧神(あきぐいのかみ)が登場します。

この神は、イザナギが投げた褌(はかま)から現れます。

神名が近いため、飽咋之宇斯能神に対応する神として扱われていますが、『古事記』では冠、『日本書紀』のこの一書では褌と、現れた品物が異なります。

また、『日本書紀』の一書は黄泉国から戻る途中に衣服を投げる話として記し、その後に身をすすぐ場面へ進みます。

二つの文献の違いをそのまま残して読むと、神話の伝え方が一通りではなかったことが分かります。

冠だけで神話の成立時期は決められない

冠を冠位制と結びつけ、この神話の成立時期を考える説があります。

一方、國學院大學の器物データベースは、五・六世紀の人物埴輪にも冠を身に着けた姿が見られると紹介しています。

したがって、『古事記』に「冠」とあることだけで、特定の時代の冠位制を描いた神話だと断定はできません。

飽咋之宇斯能神を祀る冠神社

兵庫県姫路市に残る信仰

  • 名称:冠神社(かんむりじんじゃ)
  • 所在地:兵庫県姫路市刀出78
  • 主祭神:飽咋之宇斯能神
  • アクセス:兵庫県神社庁の案内では、姫路駅からバスで「坪田」下車、徒歩約5分
  • 特徴:背後の山の中腹に「冠岩」と呼ばれる大岩があります

兵庫県神社庁によると、冠岩は神社の御神体と伝えられています。

由緒には、この岩をイザナミの冠とする地元の言い伝えが記されています。

一方、『古事記』で飽咋之宇斯能神が現れるのは、イザナギが脱ぎ捨てた冠からです。

岩の由緒と『古事記』の記述はそのまま一致しないため、それぞれを土地の伝承と文献の神話として読み分ける必要があります。

参拝を考えている場合は、バスの運行状況や現地の案内を事前に確認してください。

飽咋之宇斯能神についてのよくある質問

大山咋神と同じ神ですか?

別の神です。

大山咋神(おおやまくいのかみ)は『古事記』で大年神の子として登場し、日枝山や松尾との関わりが語られます。

飽咋之宇斯能神はイザナギの禊の場面で冠から現れる神で、登場する箇所も系譜も異なります。

まとめ

文献の記述と神名の解釈を分けて読む

飽咋之宇斯能神は、『古事記』でイザナギが脱ぎ捨てた冠から現れる神です。

『日本書紀』には対応する開齧神が記されますが、現れた品物や物語の場面には違いがあります。

穢れを食べる神という説明は一つの解釈であり、神名の意味は定まっていません。

冠神社に残る土地の伝承もあわせて見ると、古い文献の神話が地域でどのように受け継がれてきたかを考える手がかりになります。

参考にした公式・関連資料

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