アストライオスは、ギリシャ神話に登場する、星空と深い関わりを持つ男神です。
暁の女神エオスとの間に風の神々や星々が生まれたと、ヘシオドスの『神統記』に記されています。
「星の男」とも説明される名前ですが、古代ギリシャ語ではどのような意味なのでしょうか。
また、似た名前の女神アストライアーとは、どのような関係があるのでしょうか。
ここでは古典文献をたどり、アストライオスの系譜と、時代によって広がった神の姿を紹介します。
アストライオスとは
名前は「星に満ちた」を意味する言葉に由来する
アストライオスは、古代ギリシャ語で「Ἀστραῖος(Astraios)」と書きます。
ラテン語形に由来する「アストラエウス(Astraeus)」という表記も見られます。
名前は「星」を表す「ἄστρον」と関係し、古代ギリシャ語の辞典では「星に満ちた」「星のような」といった意味が示されています。
「星の男」は、男神であることを含めて名前の印象を伝える意訳です。
神話の中では、星々の父として語られるため、「星空の神」と紹介されています。
ただし、『神統記』は、彼が夜空全体を支配したり、星座を動かしたりする場面を描いているわけではありません。
父はクレイオス、母はエウリュビア
ヘシオドスの『神統記』375〜377行によると、アストライオスはクレイオスとエウリュビアの息子です。
兄弟として、パラスとペルセスの名も並びます。
この系譜でアストライオスは、ゼウスより前の世代から続くティタン神の一族に位置づけられます。
古い文献でまず詳しく語られるのは、彼自身の冒険よりも、エオスとの間に生まれた子どもたちです。
エオスとの間に生まれた風と星
『神統記』に名前が挙がる風の神は三柱
エオスは、太陽が昇る前の暁を表す女神です。
『神統記』378〜382行には、アストライオスとエオスの子として、ゼピュロス、ボレアス、ノトスが挙げられています。
それぞれ西風、北風、南風を表す神です。
東風エウロスも含めて「四方の風の父」と説明されることがありますが、『神統記』のこの箇所で名指しされるのは三柱です。
四柱がそろって登場する描写は、後世のノンノス『ディオニュソス譚』第6歌に見られます。
明けの明星と、空を飾る星々
『神統記』は風の神々に続き、エオスがエオスフォロスと、空を飾る星々を産んだと語ります。
エオスフォロスは「暁をもたらす者」を意味する明けの明星です。
現在の天文学で明けの明星と呼ばれる天体は金星です。
同じ金星でも、夕方に見えるときは宵の明星と呼ばれます。
星々や風をエオスとアストライオスの子として並べるところに、古代の詩が自然の姿を神々の系譜で表した特徴が見えてきます。
これは神話の表現であり、天体や風の発生を説明する現代の科学とは分けて考える必要があります。
古典文献で変わるアストライオスの描かれ方
偽アポロドロスは「風と星々の父」と伝える
作者不詳の神話集として知られる偽アポロドロスの『ビブリオテーケー』1巻2章4節も、エオスとアストライオスから風と星々が生まれたと記します。
こちらは子どもの名前を細かく挙げず、系譜を簡潔にまとめています。
『神統記』と比べると、子どもたちの顔ぶれを知るには前者が詳しく、二人を風と星々の親とする骨格は両方に共通しています。
アストライアーの父という説は確定していない
アラトスの『ファイノメナ』96行付近には、夜空のおとめ座と結びつく「乙女」が登場します。
アラトスは、乙女が「星々の父」と呼ばれるアストライオスの娘なのか、それとも別の父の娘なのか、可能性を残した書き方をしています。
つまり、この文献だけを根拠に、アストライオスがおとめ座の乙女の父だと断定することはできません。
一方、ヒュギヌスの『天文学』2巻25章は、アラトスに触れながら、乙女をアストライオスと暁の女神の娘とする系譜を紹介しています。
アストライオスと星乙女アストライアーの親子関係は、こうした文献の違いを踏まえて扱う必要があります。
後世には星を読んで未来を告げる神として登場する
ノンノスの『ディオニュソス譚』第6歌では、娘ペルセポネーの将来を案じたデメテルがアストライオスを訪ねます。
アストライオスは星を読む予言者のような姿で現れ、天球の模型を回して星々の位置を調べます。
この場面では、東風エウロスを含む四方の風が彼の子として宴の支度を手伝い、明けの明星や宵の明星も姿を見せます。
詩の中では二つの明星が別々の登場人物として描かれますが、現在の天文学ではどちらも同じ金星です。
『神統記』の短い系譜と比べると、風と星の父という設定が、後世の物語では家族が集まる場面や星を読む場面に広げられています。
ただし、この描写を根拠に、ヘシオドスの時代からアストライオスが星占いをする神として信仰されていたとはいえません。
アストライオスについてのよくある疑問
アストライオスは「黄昏の神」ですか?
そのように紹介される場合もあります。
しかし、ここで確認した『神統記』の記述は、アストライオスをエオスの相手であり、風や星々の父として語るものです。
黄昏そのものを担当するという説明は、この箇所にはありません。
古い文献に沿って紹介するなら、「星々や風の父とされる神」と表現するのが正確です。
アストライオスとアステリアーは同じ神ですか?
別の神です。
アストライオスはエオスと結びつく男神です。
アステリアーは『神統記』でペルセスとの間にヘカテーを産んだとされる女神で、アストライオスとは名前が似ています。
さらに正義の星乙女アストライアーも別に語られるため、名前と登場する文献を分けて読むと混同を避けられます。
まとめ
星と風を結ぶ系譜から、後世の星を読む物語へ
アストライオスは、クレイオスとエウリュビアの息子で、エオスとの間に風の神々や星々をもうけたと『神統記』に記される男神です。
名前には「星に満ちた」という意味があり、星空との関わりが系譜にも表れています。
その一方で、東風エウロスを含めた子どもの描き方や、星を読む神としての姿は文献によって異なります。
アストライアーを娘とする説にも古典ごとの差があり、すべての話を一つの固定した家系図にまとめることはできません。
短い古い記述と後世の豊かな物語を比べると、星空の神という姿がどのように広がったのかが見えてきます。
参考にした公式・関連資料
古典文献と語義
- ヘシオドス『Theogony(神統記)』375〜382行、404〜410行:ヨーク大学掲載、Hugh G. Evelyn-White英訳。
- 偽アポロドロス『Bibliotheca(ビブリオテーケー)』1巻2章2節・4節:ToposText掲載、J. G. Frazer英訳。
- アラトス『Phaenomena(ファイノメナ)』96行以降:ToposText掲載、G. R. Mair英訳。
- ヒュギヌス『Astronomica(天文学)』2巻25章:Packhum Latin Texts掲載、ラテン語原文。
- ノンノス『Dionysiaca(ディオニュソス譚、仮訳)』第6歌:ギリシャ語Wikisource掲載、ギリシャ語原文。
- ノンノス『Les Dionysiaques(ディオニュソス譚、仮訳)』第6歌:Remacle.org掲載、Le Comte de Marcellus仏訳。
- Liddell・Scott・Jones『A Greek-English Lexicon(ギリシャ語英語辞典、仮訳):ἀστραῖος』:Scaife ATLAS掲載。
天文の補足
- NASA Science『Venus: Facts(金星の基礎情報、仮訳)』:明けの明星と宵の明星として見える金星について。

