茨城県潮来市の大生原台地には、大小110基余りの古墳が点在する「大生古墳群」があります。
茨城県内でも最大規模とされる古墳群で、前方後円墳や円墳などが、雑木林や草地の中に残されているのが特徴です。
代表的な古墳には鹿見塚古墳、子子舞塚古墳、天神塚古墳、白旗八幡古墳などがあります。
また、古墳群の中央付近には大生神社が鎮座し、鹿島神宮や古代豪族との関係を考えるうえでも注目される場所です。
この記事では、大生古墳群の概要や歴史、見どころ、アクセス、現地を歩く際の注意点を分かりやすく解説します。
大生古墳群とは?茨城県最大級の古墳群
潮来市大生の台地に残る110基余りの古墳
大生古墳群は、茨城県潮来市大生周辺の大生原台地に広がる古墳群です。
台地上には110基余りの古墳が確認されており、茨城県内でも最大規模の古墳群とされています。
古墳の多くは、観光地として復元・整備されたものではありません。木々に囲まれた墳丘が自然の地形に溶け込むように残っているため、古墳時代の墓域が地域の自然とともに保存されてきた場所といえます。
4つの古墳群から構成される
大生古墳群は、古墳が集中する場所によって、次の4群に分けられています。
大生東部古墳群
大生西部古墳群
カメ森古墳群
田ノ森古墳群
このうち、見学地として知られているのが大生西部古墳群です。大生神社の西側を中心とする約8.8ヘクタールの区域が茨城県指定史跡となっており、鹿見塚古墳や子子舞塚古墳など20数基が含まれています。
大生古墳群が造られた時代
大生古墳群は、主として古墳時代中期以降に築かれたと考えられています。ただし、すべての古墳が同時期に造られたわけではありません。
発掘調査が行われた子子舞塚古墳は、出土した埴輪や副葬品などから、古墳時代後期から終末期にかけての古墳とみられています。
大生原台地では、複数の世代にわたって有力者の墓が築かれていた可能性があります。
茨城県指定史跡としての保護
大生古墳群は、1975年3月25日に茨城県指定史跡となりました。なお、代表的な鹿見塚古墳は、それ以前の1971年10月28日に単独で県指定史跡となっています。
現在は文化財として保護されていますが、古墳群のすべてが見学用に整備されているわけではありません。
私有地や立入禁止区域もあるため、現地の案内表示に従うことが大切です。
大生古墳群で見ておきたい古墳
鹿見塚古墳
鹿見塚古墳は、大生古墳群を代表する前方後円墳です。読み方は「しかみづかこふん」で、全長は約58メートルあります。
主な規模は次のとおりです。
全長:約58メートル
前方部の幅:約32メートル
後円部の直径:約34メートル
後円部の高さ:約6メートル
後円部が高く盛り上がり、前方部が低く広がっているのが特徴です。また、墳丘のくびれ部付近には「造出し」と呼ばれる張り出しも確認されています。
現地では、少し離れた場所から前方部と後円部の高低差を見比べると、前方後円墳らしい形を理解しやすくなります。
子子舞塚古墳
子子舞塚古墳は「まごまいづかこふん」と読み、鹿見塚古墳の西側に位置しています。全長は約71.5メートルとされ、鹿見塚古墳よりも長い墳丘を持つ古墳です。
発掘調査では、埴輪、玉類、銀銅環、直刀などが出土しました。これらの副葬品から、被葬者が地域の有力者だったことがうかがえます。
出土品の一部は潮来市立図書館の郷土資料室で保管・展示されているため、現地見学とあわせて立ち寄ると理解が深まります。
天神塚古墳・白旗八幡古墳
大生西部古墳群には、天神塚古墳や白旗八幡古墳などもあります。ただし、すべての古墳に分かりやすい案内板や見学路が設けられているわけではありません。
初めて訪れる場合は、鹿見塚古墳と子子舞塚古墳を中心に巡り、時間に余裕があれば周辺の墳丘を観察するのがおすすめです。
墳丘を見分けるポイント
大生古墳群では、古墳が雑木林の中に残されているため、自然の小山との区別が難しい場合があります。
墳丘を見るときは、周囲より規則的に盛り上がっているか、裾が円形や細長い形を描いているか、案内板が設置されているかを確認しましょう。
案内のない盛り上がりを古墳と断定したり、私有地に入ったりするのは避ける必要があります。
大生神社・鹿島地域との関係
なぜ大生原台地に古墳が集中したのか
大生原台地に多数の古墳が築かれた理由は、完全には分かっていません。
ただし、この地域は北浦に近い高台にあり、水上交通を利用しやすく、周囲を見渡しやすい場所でした。
そのため、地域を支配した有力者が、自らの権威を示す墓を造る場所として選んだ可能性があります。
また、古墳が4つの群に分かれていることから、複数の集団や家系が墓域を使い分けていたとも考えられます。
被葬者はオフ氏一族とする説
大生古墳群の被葬者については、鹿島神宮と関係の深い「オフ氏」の一族とする説があります。オフ氏は、多氏や飯富氏などの表記で伝わる古代氏族です。
大生古墳群は、オフ氏一族の墓域だったと考えられています。ただし、110基余りある古墳の被葬者が、一人ずつ特定されているわけではありません。
大生神社と鹿島神宮のつながり
大生古墳群の中央付近には大生神社があります。大生神社の祭神は、鹿島神宮と同じ建御雷之男神です。
大生神社はオフ氏一族が祭祀に関わった神社とされ、周囲の古墳群とあわせて、古代の信仰や地域支配を考える手掛かりになっています。
一方で、「大生神社が鹿島神宮の本宮だった」とする伝承もありますが、確定した歴史的事実として扱うには注意が必要です。考古学的な事実と地域に残る伝承は分けて考えましょう。
大生古墳群へのアクセスと見学の注意点
場所とアクセス
大生古墳群は、茨城県潮来市大生にあります。公共交通機関を利用する場合は、JR鹿島線の延方駅または潮来駅からタクシーを利用する方法が便利です。
駅から徒歩で向かうには距離があるため、古墳巡りを目的とする場合は、車やタクシーの利用が向いています。
水郷県民の森を拠点にする
車で訪れる場合は、隣接する茨城県水郷県民の森を拠点にすると便利です。
水郷県民の森には、駐車場、トイレ、ビジターセンター、遊歩道があります。大生古墳群の一部を含む散策コースも設けられているため、初めて訪れる人でも歩きやすいでしょう。
施設情報は次のとおりです。
所在地:茨城県潮来市島須3072-83
入場料:無料
駐車場:あり
トイレ:あり
開園時間や利用状況は変更されることがあるため、訪問前に最新情報を確認してください。
古墳巡りに適した服装
大生古墳群では、舗装されていない道や落ち葉の積もった林の中を歩くことがあります。
次のような服装と持ち物がおすすめです。
滑りにくい運動靴
長袖・長ズボン
帽子
飲み物
虫よけ
雨具
雨の後は足元が滑りやすくなります。墳丘の斜面や立入禁止区域には入らず、安全を優先しましょう。
観察しやすい季節
墳丘の形を観察するなら、下草や木の葉が少なくなる晩秋から早春が向いています。
夏は草木が茂り、墳丘の輪郭が見えにくくなることがあります。また、虫や暑さへの対策も必要です。
冬は日没が早いため、午前中から昼過ぎまでの明るい時間に見学すると安心です。
大生神社と巡るモデルコース
水郷県民の森を出発し、子子舞塚古墳、鹿見塚古墳、大生神社、思井戸などを巡ると、約2時間の散策になります。
古墳だけでなく、神社や森、湧水地も一緒に巡ることで、大生地域の自然と歴史をより深く感じられます。
大生古墳群についてよくある質問
大生古墳群は自由に見学できますか?
水郷県民の森の散策路や、一般向けに案内されている古墳は見学できます。ただし、私有地や立入禁止区域には入れません。現地の案内板や管理者の指示に従いましょう。
見学にはどのくらい時間がかかりますか?
鹿見塚古墳を中心に見るだけなら30分程度が目安です。水郷県民の森、大生神社、複数の古墳を巡る場合は、1時間30分から2時間程度を見ておくとよいでしょう。
前方後円墳はありますか?
大生古墳群には前方後円墳があります。代表的なのが全長約58メートルの鹿見塚古墳です。
大生古墳群の読み方は?
大生古墳群は「おおうこふんぐん」と読みます。大生神社は「おおうじんじゃ」、鹿見塚古墳は「しかみづかこふん」です。
近くの観光スポットは?
周辺には茨城県水郷県民の森、大生神社、思井戸などがあります。時間に余裕があれば、潮来市街の水郷観光や鹿島神宮と組み合わせるのもおすすめです。
まとめ
大生古墳群は、茨城県潮来市の大生原台地に残る110基余りの古墳からなる、県内最大級の古墳群です。
代表的な鹿見塚古墳は全長約58メートルの前方後円墳で、子子舞塚古墳からは埴輪や直刀などが出土しています。
古墳群の被葬者については、鹿島神宮と関係の深いオフ氏一族とする説があります。
現地を訪れる際は、水郷県民の森を拠点に、鹿見塚古墳、子子舞塚古墳、大生神社などを巡る方法がおすすめです。文化財や私有地を傷つけないよう、見学マナーを守りながら古代の歴史に触れてみてください。
主な出典元

関東 古墳探訪ベストガイド 新装改訂版 [ 古代浪漫探究会 ]


