古代エジプトの義足として知られる遺物は、脚全体を置き換えるものではありません。
失われた右足の親指を補うために作られた、約3000年前の人工親指です。
なかでも有名なのが、女性のミイラに装着されていた木製の「カイロ・トゥ」と、大英博物館が所蔵する「グレヴィル・チェスター・トゥ」です。
どちらも見た目を整えるだけの副葬品だったのか、それとも生前の歩行を助ける実用品だったのかが長く議論されてきました。
ここでは、古代エジプトの義足と呼ばれる二つの人工親指について、構造、発見状況、歩行実験の結果、現在も分かっていない点を紹介します。
古代エジプトの義足とは
正確には足の親指を補う人工器具
「古代エジプトの義足」という言葉から、膝下や脚全体を木で補った器具を想像する人もいるかもしれません。
しかし、現存する有名な遺物は、右足の親指とその付け根付近を補う小型の人工器具です。
足の親指は、立っているときの安定や、歩行時に地面を蹴り出す動きに関わります。
さらに、古代エジプトのサンダルを履く際にも、親指と第二趾の間は重要な位置でした。
親指を失った人にとって、人工親指は外見を整えるだけでなく、歩行や履物の使用を助けた可能性があります。
代表的な二つの人工親指
古代エジプトの人工親指として、主に二つの遺物が研究されています。
一つは、ルクソール近郊の西テーベで女性のミイラの右足に付いた状態で確認された木製の人工親指です。
一般に「カイロ・トゥ」または「カイロの木製義指」と呼ばれます。
もう一つは、大英博物館が所蔵する「グレヴィル・チェスター・トゥ」です。
こちらはカルトナージュという、亜麻布などを重ねて膠や石膏質の下地で固めた素材から作られています。
両者は材質も構造も異なるため、同じ製作者が作った一組の遺物ではありません。
カイロの木製人工親指
発見場所と推定年代
木製の人工親指は、西テーベのシェイク・アブド・エル=クルナ墓地で、女性のミイラの右足に装着された状態で確認されました。
場所は、テーベの墓TT95Aの床に掘られた竪穴墓です。
TT95Aの礼拝施設自体は紀元前15世紀に造られましたが、竪穴と埋葬は後世のものと考えられています。
バーゼル大学の調査プロジェクトは、墓の構造と混在した遺物から、埋葬時期をおよそ紀元前9世紀から紀元前6世紀とする広い範囲で示しています。
一方、歩行機能を調べた研究では、この人工親指を紀元前950年から紀元前710年ごろのものとしています。
年代に幅があるのは、墓が盗掘を受け、異なる時期の遺物が混ざった状態で見つかったためです。
人工親指は1997年にドイツ考古学研究所カイロ支部の委託によって調査され、2001年にカイロのエジプト博物館へ移されて保存処置を受けました。
2016年から2017年には、バーゼル大学を中心とする国際チームが、顕微鏡、X線、CTを用いて再調査しています。
持ち主は神官の娘だった可能性が高い
ミイラを包んでいたとみられる亜麻布の断片には、女性の名前と父親との関係を示す文字が残っていました。
その女性はタバケトネトムト(Tabaketnetmut、日本語ではタバケテンムトなどとも表記)と読まれ、バカムンという神官の娘だったとされています。
初期の研究では、亡くなったときの年齢は50歳から60歳ほどと推定されました。
ただし、竪穴墓は盗掘され、ミイラや副葬品が混ざった状態でした。
そのため、人物像や埋葬年代について、資料から確実に分かる範囲には限界があります。
木材・皮・繊維・角を組み合わせた構造
再調査によると、人工親指は木製の親指本体、足の甲側に置く板、三角形の側面部品、足に固定する繊維製の帯から構成されていました。
親指本体などは撚ったひもで結ばれ、側面部品には未なめしの皮が使われています。
固定帯と現存するひもは、亜麻とみられる植物繊維で作られていました。
帯には、かごや織物にも用いられる絡み編みの技法が使われ、丈夫さと柔軟性が両立しています。
木材はアフリカから運ばれた樹種の可能性があり、爪の部分には角がはめ込まれていました。
ただし、保存上の理由から試料を採取できず、木材や角の種類までは確定していません。
単純な木の塊ではなく、装着感、可動性、耐久性、自然な外見を考えて複数の素材を組み合わせた器具だったことが分かります。
何度も調整されていた
木製の人工親指には、摩耗、修理、削り直しの痕跡が確認されています。
持ち主の足に合うよう、複数回にわたって調整されたと考えられています。
バーゼル大学の研究チームは、こうした痕跡から、持ち主が生前にある程度の期間使用していた可能性が高いと判断しました。
死後には人工親指がミイラの足へ固定し直されていますが、その結び方は生前の精巧な装着方法を十分に再現していなかったとみられます。
生前の調整と埋葬時の固定方法に違いがあることも、実用品だった可能性を支える手がかりです。
グレヴィル・チェスター・トゥ
大英博物館が所蔵するカルトナージュ製の人工親指
もう一つの代表例は、大英博物館の収蔵番号EA29996として登録されている人工親指です。
収集家グレヴィル・ジョン・チェスターにちなみ、グレヴィル・チェスター・トゥと呼ばれています。
大英博物館は1881年にこの遺物を収蔵しました。
同館の記録ではエジプト出土とされ、長さ11.8センチメートル、最大幅6.9センチメートル、重さ44グラムです。
カルトナージュ製の右足親指と足先の一部をかたどり、固定用と考えられる穴が開けられています。
爪には別の素材がはめ込まれていたとみられますが、現在は失われています。
木製例より発見時の情報が少ない
歩行実験を行った研究では、グレヴィル・チェスター・トゥは紀元前600年以前のものとされています。
表面には摩耗や補修の痕跡があり、生前に使われた可能性が指摘されてきました。
ただし、カイロの木製例とは異なり、持ち主の足や詳しい埋葬状況がそろっていません。
そのため、実用品だったと判断するための考古学的な証拠は、木製例より限定的です。
古代エジプトの義足は本当に歩行に使えたのか
ミイラの足に残る生前の切断痕
カイロの木製例が注目される理由は、人工親指そのものだけではありません。
持ち主の右足では、親指が付け根の関節付近から失われ、その部分が薄い軟部組織で覆われていました。
初期の研究では、切断部が治癒し、第一中足骨にも長期間の生存を示す変化があると報告されています。
これは、親指がミイラ作りの過程で脱落したのではなく、女性が生きている間に切断され、その後も生存していたことを示す重要な証拠です。
さらに、人工親指に残る摩耗と修理の痕跡が、生前使用の可能性を強めています。
復元品を使った歩行実験
2012年に公表された研究では、右足の親指を失った二人の協力者に合わせて、二つの古代エジプト製人工親指の復元品が作られました。
研究チームは古代エジプト風の革製サンダルも用意し、10メートルの歩行路で動きと足裏の圧力を測定しました。
一人の協力者は、サンダルとカルトナージュ製復元品を組み合わせたとき、健常な左足の親指に対して約87%の曲がりを示しました。
木と皮で作った復元品では約78%でした。
もう一人も、条件に応じて約60%から63%の曲がりを示しています。
復元品の装着時には、足裏の一部に危険なほど圧力が集中する結果は確認されませんでした。
一方、人工親指を付けずに復元サンダルだけを履くと、足裏にかかる圧力が大きく上昇しました。
協力者の評価では、木と皮の復元品は特に快適だったと報告されています。
実験結果だけで断定はできない
歩行実験は、古代の設計に機能性があったことを示しています。
しかし、協力者は二人であり、復元品はそれぞれの足に合わせて作られました。
実験室の平らな歩行路と、古代エジプトの生活環境も同じではありません。
したがって、元の遺物が毎日の長距離歩行に使われたとまで断定することはできません。
それでも、治癒した切断部、人工親指の摩耗と再調整、復元品の歩行性能を合わせると、少なくとも外見だけを整える副葬品ではなかった可能性が高いと考えられます。
人工親指から分かる古代エジプトの技術
機能と見た目の両方が重視されていた
カイロの木製例では、可動する部品、丈夫で柔軟な固定帯、足に合わせた削り直しが確認されています。
さらに、爪を角で表現し、全体を自然な親指に近づけようとしています。
製作者は人体の形だけでなく、装着時の圧力や動きも経験的に理解していたのでしょう。
この点は、単なる木工品ではなく、使う人に合わせた個別製作の技術が存在したことを示しています。
治療や切断の詳しい方法は分かっていない
女性が治癒後も生存していたことから、切断部の処置や感染を防ぐための手当てが行われたと考えられます。
ただし、どのような器具で切断し、どの薬を使い、誰が治療したのかを示す直接的な記録は見つかっていません。
ミイラの血管には石灰化が確認され、初期の研究では動脈硬化との関係が検討されました。
しかし、親指を失った直接の原因は確定していません。
インターネット上では糖尿病による壊疽だったと説明されることがありますが、糖尿病と断定できる証拠は示されていません。
生前の道具と死後の身体観が重なっている
古代エジプトでは、ミイラの失われた部分を補い、死後の身体を整える目的で人工的な部品が加えられる場合がありました。
このため、墓から人工の身体部分が見つかっても、すぐに生前用の義肢とは判断できません。
カイロの木製人工親指は、生前に使われた器具が、持ち主の死後にもミイラへ固定された可能性を示しています。
日常生活の補助具と葬送のための身体修復が、一つの遺物の中で重なっている点も重要です。
「世界最古の義足」という表現の注意点
最古級の実用的な義肢候補
カイロの木製人工親指は、現存する義肢のなかでも最古級であり、実際に機能した可能性が高い例として評価されています。
グレヴィル・チェスター・トゥも、復元実験では歩行を助ける能力を示しました。
このため、二つの人工親指は「世界最古の実用的な義肢」と紹介されることがあります。
ただし、新しい発見によって最古の記録は変わる可能性があります。
また、これらは脚全体を置き換える義足ではなく、失われた足の親指を補う器具です。
正確には「現在知られている最古級の実用的な人工親指」または「最古級の義肢」と表現するのが適切です。
古い切断例と義肢は別の証拠
考古学では、古代の人骨から治癒した切断痕が見つかることがあります。
しかし、切断後に生存していた証拠があっても、失われた部分を人工物で補っていたとは限りません。
古代エジプトの二例が特に重要なのは、人工物そのものが残り、人体への装着方法や摩耗まで調べられるためです。
古代エジプトの義足に関するFAQ
人工親指はツタンカーメンのものですか?
ツタンカーメンのものではありません。
カイロの木製例は、西テーベで見つかった神官の娘とみられる女性の右足に装着されていました。
グレヴィル・チェスター・トゥは持ち主が分かっていません。
親指を失った原因は糖尿病ですか?
糖尿病だったとは確認されていません。
血管の石灰化が見つかったことから、血流障害が切断に関係した可能性は検討されていますが、外傷や感染症などを含め、直接の原因は不明です。
二つの人工親指は同じ形ですか?
同じ形ではありません。
カイロの例は木、皮、植物繊維、角を組み合わせた可動性のある構造です。
グレヴィル・チェスターの例はカルトナージュ製で、木製例のような関節構造はありません。
まとめ
古代エジプトの人工親指が伝えるもの
古代エジプトの義足として知られる遺物は、右足の親指を補う約3000年前の人工器具です。
カイロの木製例には、治癒した切断部、摩耗、修理、複数回の調整が確認され、生前に使われた可能性が高いと考えられています。
大英博物館のカルトナージュ製人工親指も、復元実験によって歩行を助けられることが示されました。
一方、切断の原因や実際の使用頻度など、詳しいことは分かっていません。
これらの遺物は、古代エジプトの職人が機能性、装着感、耐久性、美しさを一つの器具にまとめていたことを伝えています。
医療技術の歴史だけでなく、身体を補いながら生きた一人の人間の生活を考えるうえでも、貴重な資料です。
主な出典元
記事作成で参照した資料
- University of Basel「Toe Prosthesis from TT95」
- The British Museum「cartonnage (prosthetic toe), EA29996」
- The University of Manchester「Egyptian toes likely to be the world’s oldest prosthetics」
- Journal of Prosthetics and Orthotics「Biomechanical Assessment of Two Artificial Big Toe Restorations From Ancient Egypt and Their Significance to the History of Prosthetics」
- PubMed「Ancient Egyptian prosthesis of the big toe」


