福島県南相馬市にある羽山横穴(はやまよこあな)は、古墳時代の終わりごろに築かれた横穴墓です。
墓室の壁や天井には、赤色顔料と白色粘土を使って、人物や馬、鹿、渦巻文などが描かれています。
これらの壁画は、当時の人々が死や来世をどのように捉えていたのかを考えるうえで、貴重な手がかりです。
一方、図柄の意味や埋葬された人物の名前は明らかになっていません。
ここでは、羽山横穴の発見、墓室の構造、壁画と出土品、歴史的な価値、2026年度の公開日を、確認できる資料に基づいて紹介します。
羽山横穴とは
福島県南相馬市に残る装飾横穴墓
羽山横穴は、南相馬市原町区中太田に位置する国指定史跡です。
太田川北岸の羽山丘陵には、約20基からなる羽山横穴墓群があり、国の史跡に指定されている羽山横穴は、その1号墓に当たります。
横穴墓とは、丘陵や崖の斜面を横方向に掘り、遺体を納める部屋を設けた墓です。
見た目は山の中へ延びる小さな洞窟に似ていますが、自然にできた穴ではありません。
羽山横穴は、内部に彩色された図柄が残ることから、装飾横穴墓に分類されます。
築かれたのは6世紀末から7世紀初頭ごろ
南相馬市は羽山横穴を古墳時代終末期、6世紀末ごろの豪族の墓と説明しています。
文化庁の検討会資料では、出土品から6世紀末から7世紀初頭ごろに造られたと考えられています。
古墳時代の終わりに近づくと、東日本の太平洋側では、丘陵の斜面に横穴墓を築く地域が見られるようになりました。
羽山横穴は、その時代の墓制と地域社会を伝える遺跡です。
羽山横穴が発見された経緯
1973年の宅地造成工事中に見つかった
羽山横穴が見つかったのは、1973年(昭和48年)5月です。
羽山丘陵で宅地造成工事が行われていた際、地面に穴が開きました。
作業員が内部を確認したところ、壁や天井に赤い絵があり、刀などの遺物も見つかったため、事業者から当時の原町市教育委員会へ連絡されました。
その後、緊急発掘調査が行われ、羨道、玄門、玄室からなる横穴墓であることが確認されています。
羨道(せんどう)は墓室へ続く通路、玄門(げんもん)は通路と墓室を区切る入口、玄室(げんしつ)は遺体を納めた中心の部屋です。
発見の翌年に国の史跡へ指定された
羽山横穴は、1974年(昭和49年)12月23日に国の史跡へ指定されました。
壁画を持つ横穴墓として保存する必要性が認められ、現在は南相馬市が所有し、管理しています。
国の史跡に指定された範囲は206平方メートルです。
羽山横穴の構造
東向きに開く墓室
羽山横穴の玄室は東向きに開いています。
文化庁の国指定文化財等データベースによると、玄室は長さ約3メートル、幅約2.8メートルです。
別の文化庁資料では、玄室の高さは約1.8メートルとされています。
平面はほぼ方形で、天井は丸みを帯びたドーム状です。
玄門は幅約0.79メートル、高さ約1.01メートルと狭く、その先に羨道と前庭部が続いていました。
前庭部は、墓前で葬送に関わる行為を行う空間だった可能性がありますが、羽山横穴で具体的にどのような儀礼が行われたのかは分かっていません。
現在は保存施設で守られている
発掘調査後には、壁画と玄室を保護するため、コンクリート製の覆屋が建設されました。
文化庁が2013年に公表した資料によると、玄門の手前にはガラス製と鋼鉄製の扉が設けられ、墓室を外気から二重に遮っています。
このため、普段は自由に内部へ入ることができません。
羨道と前庭部は調査記録を作成した後に削られており、現在保存されている中心部分は玄室と玄門です。
羽山横穴の壁画
赤色顔料と白色粘土で描かれた
羽山横穴の大きな特徴は、玄室の奥壁、左右の側壁、天井に装飾が残っていることです。
図柄には赤色顔料と白色粘土が用いられています。
単色だけでなく、赤と白を組み合わせた表現がある点も注目されます。
装飾は奥壁だけに集中しているのではありません。
側壁や天井まで図柄が広がり、墓室全体が特別な空間として整えられていたことがうかがえます。
二つの渦巻文
奥壁には、右方向へ巻く5重の渦巻文が左右に並んでいます。
それぞれの渦巻文は赤い十字線で区切られ、二つの文様は複数の直線で結ばれています。
渦巻文の直径は約30センチメートルです。
渦巻きが太陽や霊魂などを表したと考えたくなりますが、何を意味するのかは確定していません。
現代の感覚だけで意味を決めず、古墳時代の葬送空間に置かれた図柄として見る必要があります。
赤い斑点を持つ白鹿
奥壁には、白色粘土で描かれた鹿がいます。
鹿は頭を左へ向け、白い胴体の上に赤色顔料で斑点が付けられています。
大きさは幅約15センチメートル、高さ約10.5センチメートルです。
赤い図柄が多い墓室の中で、白い鹿はひときわ目を引く存在です。
ただし、この鹿が神聖な動物や死者の案内役を表すという解釈を裏付ける決定的な証拠はありません。
壁画を描いた人々が鹿にどのような意味を込めたのかは、現在も分かっていない点の一つです。
人物と馬の図柄
奥壁では、手足を広げた複数の人物と、馬とみられる図柄も確認されています。
人物の一人には、腰に刀を表した可能性のある赤い線があります。
頭の先が尖って描かれた人物については、衝角付冑(しょうかくつきかぶと)と呼ばれる、前部が突き出た兜を着けている可能性も指摘されています。
しかし、簡略化された図柄であるため、兜と断定されているわけではありません。
馬の一頭は、耳と尾を立て、脚を交差させるように表現されています。
走っている姿を描いたようにも見え、静止した記号とは異なる動きが感じられます。
別の動物図は表現が不明瞭で、馬ではなく鹿の可能性も残されています。
天井と側壁を埋める珠文
天井には、赤と白の小さな円形文様が多数描かれています。
このような点状の丸い文様は、珠文(しゅもん)と呼ばれます。
一つの大きさは直径約3~5センチメートルです。
天井の縁や中央線には赤い線も引かれ、左右の側壁には白い珠文が上下2列に並びます。
現在の星空に似て見えるとしても、古代の人が星を表したと確認されたわけではありません。
何を象徴したのかは不明ですが、墓室全体を一定の構成で飾ろうとした意図は読み取れます。
壁画は何を表しているのか
当時の世界観を考える手がかり
人物、馬、鹿、渦巻文、珠文が一つの墓室に描かれていることから、壁画は単なる落書きではなく、埋葬に関わる意味を持っていたと考えられます。
南相馬市は、当時の世界観や宗教観を知ることができる貴重な墓と説明しています。
人物と馬の組み合わせは、生前の活動や権威、葬送に関わる場面を想像させます。
白鹿や渦巻文も、死者を守るものや別世界を表すものだった可能性は考えられます。
ただし、壁画には意味を説明する文字資料が伴っていません。
図柄全体が一つの物語なのか、それぞれが別の象徴なのかについても結論は出ていません。
壁画の意味を断定できない理由
羽山横穴が築かれた時代には、日本で文字による記録が広く残されていたわけではありません。
また、同じ形の文様でも、地域や墓によって意味が異なる可能性があります。
研究では、ほかの装飾古墳や出土品との比較から解釈が試みられていますが、描いた人物の考えを直接確認することはできません。
羽山横穴の魅力は、壁画が残っていることだけでなく、約1400年前の人々が何を表そうとしたのかという問いが、今も開かれている点にあります。
羽山横穴から出土したもの
武器や馬具、装身具が見つかった
玄室左側の礫床からは、ガラス玉、銅釧(どうくしろ)、馬具、金銅装大刀、鉄製直刀などが出土しました。
銅釧は、腕輪として使われたと考えられる銅製の装身具です。
金銅装大刀は、銅に金を施した金具などで飾られた刀を指します。
墓室へ続く前庭部からは、土師器と須恵器も見つかっています。
土師器は赤みを帯びた素焼きの土器、須恵器は窯を使って高温で焼いた硬い土器です。
武器、馬具、装身具を伴うことから、葬られた人物が地域社会で一定の地位を持っていたと考えられます。
被葬者の名前は分かっていない
南相馬市は羽山横穴を豪族の墓と紹介していますが、被葬者の名前や家系を示す銘文は見つかっていません。
そのため、特定の歴史上の人物の墓と断定することはできません。
壁画や副葬品は被葬者の社会的な立場を考える材料になりますが、人物像の詳しい復元には限界があります。
羽山横穴が持つ歴史的な価値
東日本の装飾横穴墓を知る重要な遺跡
玄室を装飾した横穴墓は、茨城県から宮城県にかけての太平洋岸に点在しています。
福島県内にも複数の装飾横穴墓がありますが、図柄や色の使い方は同じではありません。
羽山横穴には、赤と白で表された人物、動物、幾何学的な文様が一つの空間に残されています。
この組み合わせは、古墳時代終末期の地域文化や葬送観を比較するうえで重要です。
また、馬具や装飾された大刀は、馬を利用できる有力者が南相馬地域に存在したことを考える手がかりになります。
壁画を守るために公開が限られている
壁画は、温度や湿度、光、外気、人の出入りによって状態が変化するおそれがあります。
羽山横穴が普段閉じられているのは、貴重な彩色を将来へ残すためです。
文化庁の2013年の資料では、墓室内の環境は比較的安定していた一方、彩色の変化を科学的に観察し、保存データを蓄積する必要性が指摘されていました。
保存と公開を両立させる取り組みは、羽山横穴の価値を未来へ伝えるための重要な課題です。
羽山横穴の公開日と見学情報
羽山横穴は年4回公開される
- 名称:羽山横穴
- 所在地:福島県南相馬市原町区中太田字天狗田
- 史跡指定:国指定史跡
- 2026年度公開日:4月12日、5月10日、9月13日、10月12日
- 通常時:壁画保存のため非公開
- 問い合わせ先:南相馬市教育委員会文化財課
- 注意点:公開時間や当日の受付方法などは、訪問前に南相馬市公式サイトで最新情報を確認してください
公開日は変更される可能性があります。
また、横穴内部は文化財を守るための狭い空間です。
見学時には、現地係員の案内に従い、壁面へ触れたり強い光を当てたりしないようにしましょう。
南相馬市博物館では実物大レプリカを見学できる
公開日に訪れることが難しい場合は、南相馬市博物館の常設展示で羽山装飾横穴の実物大レプリカと出土品を見学できます。
- 名称:南相馬市博物館
- 所在地:福島県南相馬市原町区牛来字出口194
- 開館時間:9時~16時45分
- 最終入館:16時
- 休館日:原則として月曜日、年末年始など
- 常設展観覧料:一般300円、高校生200円、小・中学生100円
- 公共交通:JR原ノ町駅からタクシーで約10分
- 自動車:常磐自動車道南相馬インターチェンジから約20分
- 電話:0244-23-6421
- 特徴:羽山横穴の実物大レプリカ、出土品、古墳や横穴墓群の解説パネルを展示
休館日や観覧料は企画展などによって変わる場合があるため、来館前に公式情報を確認してください。
レプリカでは壁画全体の位置関係を落ち着いて確認できるため、現地公開の前後に訪れると理解を深めやすくなります。
羽山横穴に関するFAQ
羽山横穴と羽山横穴墓群は同じものですか?
羽山横穴墓群は、羽山丘陵に分布する約20基の横穴墓をまとめた呼び名です。
国指定史跡の「羽山横穴」は、そのうちの1号墓に当たります。
墓群全体と、壁画を持つ特定の一基を区別しておくと分かりやすいでしょう。
羽山横穴と清戸迫横穴は同じ遺跡ですか?
別の遺跡です。
羽山横穴は南相馬市、清戸迫横穴は福島県双葉町にあります。
どちらも装飾を持つ横穴墓として知られていますが、壁画の内容や墓室の構造は異なります。
羽山横穴の壁画は写真だけでも見られますか?
南相馬市の文化財紹介ページと公式リーフレットには、壁画の写真や図が掲載されています。
南相馬市博物館が公開している「バーチャル南相馬市博物館」では、展示室にある羽山横穴レプリカの一部を360度画像で見ることもできます。
まとめ
羽山横穴は、福島県南相馬市にある古墳時代終末期の装飾横穴墓です。
1973年の宅地造成工事中に発見され、翌年に国の史跡へ指定されました。
玄室には、赤色顔料と白色粘土で、渦巻文、人物、馬、白鹿、珠文などが描かれています。
副葬品として装身具、馬具、金銅装大刀、土器などが見つかっていますが、被葬者の名前や壁画の正確な意味は分かっていません。
だからこそ羽山横穴は、古墳時代の人々が死後の世界や葬送をどのように考えていたのかを探る、貴重な手がかりになっています。
実物の公開は保存のため年4回に限られますが、南相馬市博物館では開館日に実物大レプリカと出土品を通して、その特徴を学べます。
主な出典元
- 南相馬市「文化財の一般公開について」
https://www.city.minamisoma.lg.jp/portal/sections/61/6150/61501/4/23460.html - 南相馬市「原町区の文化財1」
https://www.city.minamisoma.lg.jp/portal/sections/61/6150/61501/4/1265.html - 南相馬市「羽山横穴」リーフレット
https://www.city.minamisoma.lg.jp/material/files/group/43/leaflet_hayamayokoana.pdf - 文化庁・文化遺産オンライン「羽山横穴」
https://online.bunka.go.jp/heritages/detail/190242 - 文化庁「史跡羽山横穴の取組」
https://www.bunka.go.jp/seisaku/bunkashingikai/kondankaito/takamatsu_kitora/wg_01/wg_09/pdf/shiryo_5.pdf - 南相馬市博物館「常設展 南相馬市の歴史(原始・古代)」
https://www.city.minamisoma.lg.jp/portal/sections/61/6150/61503/tenji/josetsuten/1558.html - 南相馬市博物館「観覧案内」
https://www.city.minamisoma.lg.jp/portal/sections/61/6150/61503/information/2974.html - 南相馬市博物館「交通案内」
https://www.city.minamisoma.lg.jp/portal/sections/61/6150/61503/information/2975.html - 南相馬市博物館「バーチャル南相馬市博物館」
https://www.city.minamisoma.lg.jp/portal/sections/61/6150/61503/study/stay_home_museum/1/12242.html


